愛媛県立丹原高校
〜The Road to Victory〜
Short History |
Short Story |
|
公式戦1勝。 今の丹原の面影なし |
愛媛県の東部・通称東予地方の周桑郡にあり、中日・野口投手の母校として一躍有名になった。しかし、野球部が実績を残すことができるようになったのは、現監督の井上氏が監督に就任してからで、それ以前には、これといった実績はない弱小校であったが、ここ10年間の躍進にはめざましいものがある。 91,92年には、現中日のエース・野口投手を擁して上位進出を果たし、95年には、永井投手を擁して夏の大会で決勝に進出し、あと一歩のところで甲子園出場を逃した。特に、97年以降は各大会で常に上位に進出し、今治西高・宇和島東に次ぐ愛媛の強豪校のひとつとして挙げられるようになった。しかし、ベスト4の壁をなかなか破ることができず、秋季大会は98年度・99年度と2年連続準決勝で敗退し、あと一歩のところで四国大会出場を逃してきたが、2000年度東予大会(8月に行われる新人戦)では、常勝・今治西高を撃破して優勝、秋季大会では、その今治西高に敗れて準優勝に終わったが、悲願の秋季四国大会出場を果たした。11月に行われた秋季四国大会では、1年生(当時)主体のチームの若さが露呈し、初回にエラーを連発し大量5点を奪われて強豪・明徳義塾に大敗したが、その経験は今後に活かせるはずである。 丹原高校で注目したいのは田舎の高校にもかかわらず(失礼な言い方ですが)、プロもマークするようなすばらしい素質を持った選手が各年代に居たことである。前述したように野口投手・永井投手、ここ最近では、愛媛の連続三振記録をつくった阿部君、その強打にはプロも注目していた菅君(「かん」と読みます。愛媛の東予地方には多い名字)がいる。今年のチームには、彼らのようなスター選手はいないが、個々人のレベルが高く、総合力では近年最高のレベルにある。90年代の愛媛高校野球界の勢力地図を塗りかえてきた同校が、甲子園出場という夢を実現する日は近いのではなかろうか。 ■2000年度夏の大会で、丹原高校は2年生主体のメンバーながら、準決勝で「天敵」宇和島東に8−2でリベンジ、決勝で「常勝」今治西を13−6で撃破し、春夏通じての甲子園初出場を決めた。野球王国愛媛にあって、郡部の高校が甲子園に出場するのは昭和55年の南宇和以来の2校目の快挙。3年計画の2年目での甲子園出場で、来年もレギュラーがほとんど残るので楽しみだ!しかし、2年生レギュラーを陰で支える3年生メンバーの存在も忘れてはならない。 ■2001年度のチームは甲子園出場時のメンバーが多数残り、秋の前哨戦の東予大会で宿敵・今治西に完勝。秋季大会では、エース・山田君の4試合連続完封で決勝に進出したものの、宇和島東に惜敗し2年連続の準優勝。2年連続で臨んだ四国大会では、優勝した尽誠に完敗。しかし、チームの潜在能力の高さは四国の強豪他校が認めるところ。そして一冬越して期待された春季大会は、地区予選はすべて完封勝ち。しかし万全の態勢で臨んだ決勝大会では、準決勝で新田によもやの延長負け。春も頂点に立つことができませんでした。この悔しさをバネに夏は頑張って欲しいですね。 ■2002年度のチームは、前チームが3年計画の最終年だった為、レギュラーメンバーがすべて入れ替りました。丹原高校のチーム編成上、こういう年は珍しい気がします。実戦経験不足は否めず、東予大会3年連続優勝、秋季四国大会3年連続出場も夢と終わりました。前チームとはチーム力が格段に違うのですから、以前の丹原のように「強豪に果敢に挑む」チームとして再出発して欲しいですね。 ■2003年度のチームは、ピッチャーを始め前チームからのレギュラーが多く残ったようです。 ■2004年度のチームは、前チームからのレギュラーは一人残っただけ。実戦経験不足なのはしょうがないとして、投攻守すべての面において力不足。新人戦と秋季大会を見る限り、今までの丹原のイメージからは程遠いような気がします。昔のようなヘロヘロなチームには逆戻りして欲しくないですね。 ■2005年度のチーム関して一言だけ。高校野球は監督が交代するだけで、チームが一変することを痛感しました。これだけ短期間に、これほど加速度的に凋落してしまう例も珍しいといえば珍しいのですが・・・。監督さんはさぞかし、針の筵の上にいるような心境でしょうね。 |
|
野口投手の成長で大躍進 |
||
1992年度 | 東予大会優勝 春季大会優勝 野口投手を擁するも、 |
|
1993年度 | 戦力低下も4勝3敗で勝ち越し | |
1994年度 | 春季大会ベスト4に進出 | |
1995年度 | 夏の大会決勝で松山商業に惜敗 噂のガッツポーズを始める |
|
1996年度 | 年間2勝、苦戦が続き大敗することも | |
1997年度 | ※丹原高校の快進撃が始まる 夏季大会準々決勝・対西条高校戦で 阿部投手愛媛の連続三振記録樹立 東予大会・三島高校に敗れ1回戦敗退 秋季大会・三島高校に敗れ2回戦敗退 春季大会・今治西高に敗れ2回戦敗退 夏季大会・宇和島東に敗れ準決勝敗退 |
|
1998年度 | 東予大会・新居浜東に敗れ準々決勝敗退 秋季大会・宇和島東に敗れ準決勝敗退 春季大会・川之江高に敗れ2回戦敗退 夏季大会・宇和島東に敗れ準決勝敗退 |
|
1999年度 | 東予大会・今治西高に敗れ準々決勝敗退 秋季大会・帝京第五に敗れ準決勝敗退 春季大会・松山聖陵に敗れ準決勝敗退 夏季大会・新田高校に敗れ準々決勝敗退 |
|
2000年度 | 東予大会優勝 ※秋季大会準優勝・四国大会出場 春季大会・宇和島東に敗れ準決勝敗退 ※夏季大会優勝・甲子園初出場 |
|
2001年度 | 東予大会優勝 ※秋季大会準優勝・四国大会出場 春季大会・新田高校に敗れ準決勝敗退 ※第一シード獲得 |
|
2002年度 | 東予大会・西条高校に敗れ準決勝敗退 秋季大会・新居浜商に敗れ2回戦敗退 春季大会・今治西高に敗れ2回戦敗退 夏季大会・松山聖陵に敗れ準々決勝敗退 |
|
2003年度 | 東予大会・今治西高に敗れ準優勝 ※秋季大会優勝・四国大会出場 春季大会・新居浜東に敗れ1回戦敗退 夏季大会・宇和島東に敗れ準々決勝敗退 |
|
2004年度 | 東予大会・小松高校に敗れ2回戦敗退 秋季大会・新居浜工に敗れ1回戦敗退 春季大会・大洲高校に敗れ準々決勝敗退 夏季大会・松山聖陵に敗れ2回戦敗退 |
|
2005年度 | 東予大会・今治南高に敗れ2回戦敗退 秋季大会・西条農業に敗れ1回戦敗退 春季大会・松山商業に敗れ4回戦敗退 夏季大会・済美高校に敗れ1回戦敗退 |
■丹原高校データアラカルト |
■私が丹原高校に興味を持った理由 |
中日の野口投手がエースになる以前のこと。首脳陣から期待されながら、不甲斐ないピッチングを繰り返しペナルティとして、坊主刈りにされたり、ベンチ前に正座させられたことがマスコミに取り上げられ、その野口の出身校ということで「丹原」の名前を知ったくらいで、当時それほど意識はしていませんでした。97年の秋、道後温泉に行った後、たまたま松山市営球場の近くを通りかかったら、高校野球をやっているようなので、「ちょっと覗いてみよう」と思い入場。その時のカードが、松山商業VS丹原高校。結果は、菅君が場外ホームランを打ち、丹原が松山商業に快勝。私が興味を持ったのは、それらのことではなく、丹原は得点する度に、得点した走者がベンチに帰還するのをベンチの選手達が待ち受け、得点者の音頭で全選手がガッツポーズをするというパフォーマンスで、しかも何種類も演じていました。大学野球などでは見たこともありましたが、高校野球の試合では初めて遭遇した光景だったので、強烈かつ鮮烈な印象を受け、それ以来、丹原の動向に注目するようになったという訳です。 |